アニメーション > アニメ アニメは、アニメーション(英語: animation)の日本語における略語である。アニメーションを用いて構成された映像作品全般を指す。当記事ではとくにことわりがなければ主に日本の一般向け商業アニメーション(テレビアニメ、劇場アニメ、OVAなど)について記述している。 112キロバイト (15,786 語) - 2021年11月25日 (木) 03:52 |
Courrier2021.12.5
https://courrier.jp/news/archives/270202/
ほとんどが批評的・商業的に失敗
この数十年、ハリウッドは日本のアニメの実写化に悪戦苦闘してきた。アニメには独特の映像スタイルがあり──たとえば美麗な背景画、滑らかなカメラ移動、デフォルメされた表情──生身の俳優を使って実写にすると妙な感じになってしまうのだ。
また、日本のアニメの物語展開では、登場人物が徐々に変化していく様を物語の中心に据えることが多いのだが、これも内的・外的な葛藤や争い、そしてその解決を基本とするハリウッド式のプロット構成には必ずしもそぐわない。
アニメはアメリカでも莫大な数のファンを獲得したし、『マトリックス』シリーズ監督のウォシャウスキー姉妹など、多くの映画製作者たちにインスピレーションを与え、彼女らが独自の映像美学を培うことにも貢献した。
だが、ハリウッド実写版『ゴースト・イン・ザ・シェル』や『ドラゴンボール EVOLUTION』をはじめ、実写リメイクにおいて古典的名作アニメのエッセンスを捉えようとするアメリカ映画界の試みは、そのほとんどが批評的にも商業的にも失敗に終わってきたのだった。
アニメ『カウボーイビバップ』の魅力
そんなわけで、史上最も成功したアニメシリーズの一つである『カウボーイビバップ』を実写化しようというネットフリックスの決断は、どうしたってリスキーなものにならざるを得なかった。
物語の舞台は2071年、宇宙船ビバップ号に乗り込み宇宙をめぐる賞金稼ぎ(カウボーイ)一味の活躍を描く。アメリカでは2000年代に放送が始まり、『カウボーイビバップ』はカルト的な人気作品となった……が、普通のカルト作品とは一味違う。
第一に、『カウボーイビバップ』はどこまでも成熟した仕上がりとなっている。多くのアニメとは違い、魔法少女も少年のヒーローも出てこない。中心となる登場人物は、「大人の問題」を抱えた大人たちである。視聴者が登場人物たちに出会ったときには、彼らはすでに人生における最も重要な局面をくぐり抜けてしまったあとで、銀河を彷徨うに充分な程度の日銭を稼ぐだけなのだ。
また、オリジナル版『カウボーイビバップ』では、一貫したプロットはほとんど出てこない。カウボーイたちは賞金首の追跡の過程でドタバタ珍道中を演じることになるのだが、そうした冒険は彼らの退屈な日常におけるまったくの暇つぶしにすぎない、という点こそが重要なのだ。
風呂に入り、雑誌を眺め、盆栽をいじるクルーたちのダラダラとした船内生活は、シリーズを通して繰り返し描かれる。主人公一味が出会うキャラクターの多くは、一回登場したらだいたいそれっきりだ。それぞれの舞台も再訪されることはない。
見た目はふざけているようでいて、シリーズのテーマには哀愁がある。監督の渡辺信一郎は、物語よりも作品のムードを優先させており──音楽に菅野よう子を起用し、陽気なジャズをBGMにしたのもそれに一役買っている──あるエピソードではブラックスプロイテーション(70年代前半のアメリカで、黒人の客を想定し、黒人の俳優やスタッフによって製作された映画ジャンル)の名作をオマージュしたかと思えば、別の話では『エイリアン』をパロディしてみせる。
ビバップ号の道中にはいつも明かされぬ謎が残るが、鮮やかな人物描写の数々によって、作品は地に足のついたものに仕上がっている。
実写版に込められた原作へのリスペクト
ネットフリックスによる新解釈を支えた制作班は、原作シリーズとそのエッセンスに対して明確に敬意を払っている。渡辺信一郎をクリエイティヴ・コンサルタントに迎え、音楽担当は原作と同じく菅野よう子だ。
原作の躍動感を再現するため、複数いる監督たちは多彩なカメラテクニック──長回しやダッチアングル(あえてカメラを傾けて撮影された非水平ショット)──を多用している。『ブレードランナー』を引用した会話も、渡辺の影響を示す目配せだ。
また、ビバップ号クルーの三人組のキャスティングは痺れるような化学反応を見せた。ジョン・チョーがスパイクの粋な態度を見事に再現し、ムスタファ・シャキールはジェットのストイシズムを捉え、ダニエラ・ピネダ演じるフェイは愛すべき率直さを纏っている。
それでも繰り返される過ち
だが、ネットフリックス版『カウボーイビバップ』がいかに原作独自のスタイルを理解していたにしても、原作の本質を捉えるには至っていない。過去に失敗した、多くの日本アニメのハリウッド実写版と同じ間違いを犯したのだ。
(以下リンク先で)
>>1
ハリウッドは日本が発明した絵コンテが咀嚼できていないからだろ
>>1
そもそもあのアメリカ人どもに『敬意』を求める方が間違ってる
まぁ今のハリウッドなんてゴミカス中国共産党の飼い犬なんだけどさ
>>1
ビジュアルやストーリーに改変いれるからやろ。
しかも改悪。
>>1
実写化の必要性を感じない
CGアニメに押されて生の役者が失業しないために試みているのなら
逆にそれを加速させかねないと思う
>>1
そんなもの勝手にシナリオ書き換えるからに決まってる。
>>1、肝心の部分が「以下リンク先」になってるなあ
「カウボーイビバップは一話完結のストーリーだからこそ面白いのに、宿敵がいる連続ものにしてしまったのは失敗」
「ハリウッドスタイルのシナリオ作法を無理矢理押しつけてしまった」
...と続く
結論は「ハリウッド方式は万能じゃないから謙虚になれ」
ちなみに、「あの」ドラゴンボールエボリューションも、ハリウッド式のシナリオ作法としては正しいのよ
誰もそんなもん望んじゃいなかったけどw
>>1記事の宣伝かw
俺はただ冷めない夢を見ているだけさ
生の俳優が登場した時点で「おわり」
なんでアニメなのか哲学的考察をすればおのずと
アニメは「絵」なんです
この世にない世界なんです
>>3
AI「人が普段暮らしてる環世界も脳が構築した虚像でしかも個々人によってまちまちですよ
>>3
>この世にない世界なんです
同意する、その通りと思う
でもわからない人には百年かけても理解できない
だから(もし)言い争っても最初からも、最初から無駄
実績の無い原作に制作費を掛けられないからかな。
あと漫画やアニメならビジュアルが出来てるから、それに盛り付けるだけ。
ドラゴンボールとか攻殻機動隊とか進撃の巨人とか
主人公の人種変えちゃいかんでしょ
ミレニアム以降、巨匠たちは脚本家が居なくなっちまったwと嘆いてたね
ドラゴンボールなんて
オープニングで作者から「新しいドラゴンボールだと思って」って書いてあった時点で
ネタに2時間消費するの確定したからな
日本のアニメはクオリティが高いのでハリウッド以外実写化で成功の可能性がないが
誰が監督なのか非常に大事
俺はずっと昔から言ってるけど
日本のアニメを実写化することになんの意味もないし必要もない
そもそも人間の顔はアニメのような顔をしていない
違和感しかない
ハリウッドではシナリオが足りないという話は昔からある
>>15
自主制作かと思ったw
アメコミだってフィクションの世界だけど実写化普通に上手くいってるのになあ
結局外面だけ真似ただけなんだよな。
マトリックスみたいにエッセンスだけ抽出して
新しい映画にしたほうが良いと思うわ
成功させるためのヒントとしては
庵野のゴジラはまんまエヴァじゃんと言われたけどそれが正解なんだよね
駿のルパンは駿の世界観のルパンだし押井のうる星は押井の世界観のうる星であって
きちんとした世界観を持った監督の作品内ではキャラもしっかりしている
無思想な監督が原作をそのままコピーしてもコスプレと言われるのはそのせい
原作と違うという賛否のある作品になってもコピー商品にはならない
そもそも、実写化した方が良くなるという
発想が間違い。
>>23
実際くそつまんなかったろ。あれがなんでウケるのか分からん。
多少不自然でも、実写の地続きの演技じゃなくて、アニメ独特のコマ割りと、間を理解するだけでも
多少は見えるものになると思うんだけどな。
映像的には、ね。
シナリオは知らん。
メリケンはフラッシュ・ゴードンの失敗を忘れてるらしい
(出典 d2ueuvlup6lbue.cloudfront.net)
>>30
いい曲だった
それ以外は論評できない
役者がバタ臭いから
アメコミならOKだけどアニメじゃキツい
シティーハンターの映画化は大成功だったんだよなフランスだけど
アメリカはキャラ立ちを理解してない。キャラ立ちがわかってたら許すのに
(出典 umintyu.com)
>>35
原作に情熱がある監督がやると違う。
シティハンターは監督本人が主人公だけど(笑)
逆になんか成功例ってあんの?
全然思いつかない
>>39
全然ダメだな
クソだ
原作アニメ、漫画よりの表現手法が随所で出てくるからな。
2次元向きの大きい目を強調したキャラとかも
無理やり実写化すると、自己満2次創作のコスプレにしか見えなくなる。
予告編とか見るに面白そうな雰囲気はあったんだがなあ…
目がデカ過ぎて気持ち悪かったんで結局見てない
漫画を実写化するのは大昔からあるけど
アニメの実写化は最近からだろ
日本も酷いもんだけど
>>46
日本はジャニありきでキャスティングもくそもなかったりするから別次元だな
大丈夫
日本がやっても同じ
日本のアニメの実写版なんて三流の人たちしか携わんないからでしょ
金かけないから駄作になるんだろ
もっと著作権料をガバガバとって日本の漫画原作を使おうとすると大作映画にしなきゃならんみたいなイメージを持ってもらうことが重要
漫画家は宣伝になるから安く原作を提供してしまうからな
そのお金で新しいアニメ作ったほうがええとおもう
アニメの実写化を否定しない、向き不向きは作品による
アニメはリアルから作者性を加えたアレンジして絵作りをしてあるのに、
わざわざリアルに引き戻したら劣化したものができるに決まってるだろ
リスペクトしてるって言うけど絶対腹の中では
「日本より絶対俺らの方がセンスいいわ」って思ってそう
アニメ・コミックの実写化で成功つーたら釣りバカ日誌かな
漫画原作って知らん人も結構いそうなくらい
ハリウッドっつか白人に演じて欲しかったのはハガレンか
カラード→白人のホワイトウォッシュは度々責められてるけど
白人→カラードだって駄目だと思うんだがなあ
(出典 img.fujisan.co.jp)
今まで日本のスタッフが実写化しても「これじゃない」になってきたんだから
ハリウッドが実写化して失敗しても仕方ない
実写化以前にそもそも原作に寄せようという気持ちがまるでないのが多い
日本で実写化すると衣装の段階でつまずくから
ハリウッドは頑張ってる方
日本だって アニメの実映像化は違和感の多いものが多いと思う
ゆるキャン△はまだいい方だよね
(出典 storage.mantan-web.jp)
>>79
ゆるきゃんイイね
覚えてるのでアナザー悪くなかった
日本での実写化は脚本が悪すぎる。リスペクトとか思い入れ以前に,作り込む気がない
のと作り込めるほど勉強もリサーチもしていない。
原作設定を守らないからってのも原因の一つかと
必ずと言っていい程変な改悪を加えられる
日本でも実写化は失敗してるよね
制作陣がその作品に何の思い入れもなく作るからなんだよな
ジャニタレ「映画化が決まる前からファンでした」
ほら、思い入れはあるってよww
漫画やゲームの良さは
現実を離れる事が出来る事
実写で現実に寄せたら人が離れるのは当然
宝塚で「ベルサイユのばら」を日本人(?)の女優たちが日本語で演じてきた
数年前に邦画で「鋼の錬金術師」を日本人(?)たちが演じたね
なんだったんだ? 舞台と映画って全然ちがうよな?
(出典 kageki.hankyu.co.jp)
SFとかファンタジーの世界を実写化したらそりゃ違和感ありまくる
日本の実写化もそうじゃん
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